僕様☆天体系

小説を置く場所

【第1話】エックスー性別を超えるー

 ずっと夜が続けばいいのになどと、クドく語りたいのだけれど、アラームには自然の中で暮らしているかのような、小鳥のさえずりと軽快なピアノ音楽を使っている。それは僕自身、つまりエックスにとって、朝が些か気が重いことの片鱗だ。この無機質な街は僕に似合っているけれど、それと対照的に気持ちを明るくいきたい。しかし毎朝のようにねっとりと、現実が現実として押し寄せるので、ままならないのが正直な所である。
 朝一発目のメビウスを口に咥えながら、窓を開けて、コーヒーメーカーで熱く抽出を始める。器にシリアルを盛り、着替えをするためにカラーボックスを開いて、いつもの物を取り出した。アルバイトがある日はルーチンを決めているので何て事はない所作ばかりだが、ふと外を見れば朝から晴天だ。そんなこと聞いていない。小鳥のさえずりにはお似合いのフレッシュな風がなぜている......クソだなと思った。誰しも晴天が好きなように、反面苦手なやつだっているんだよ、雨の日のぢとっとした重さが好きなのに。なんてごちても仕方がないか。
 何はともあれ食事を終えて、身だしなみを整えていく。この「身だしなみ」と言うものには欠かせないものがあるのだけれど、これを身に付けると、初めて僕は僕という鼓動が始まるのだと感じずにはいられない。ぎゅっと体を締め付けるようにナベシャツをかぶり、丁寧に女を撫で付けていく。完璧だ。

 

 商店街を抜けながら、アルバイト先で流れていたELLEGARDENを聞いてからと言うもの、音楽への執着は強くなったなと思った。ヘッドフォンから溢れるwannabiesを聞き流しながら、マイケル・ジョーダンにもアインシュタインにもなれるなら、僕も何かになれるんだろうかとか考えちゃう。
 いつだかバンドは活動を休止していたらしく、この曲を教えてくれた職場の後輩ヤマテは、伝説のバンドだったんだよ!と、息巻きながらずっとライブの煽りがどれだけ素晴らしかったかとか、どんな評価を受けていたかを滔々と語っていた。
「おはようございます、お疲れ様です」
「お疲れ様でーす! 」
弁当屋の自動ドアを開けると、すぐにヤマテが迎えてくれた。店の奥にある厨房で鍋を振っている。手前にはレジと、お客さんが数人も入れば満員になってしまう程度のささやかなスペースとお惣菜置き場が陣取っている。空調は少し寒いくらいだが、そうでもしておかないと、作り置きで出しているお弁当やらが腐ってしまうので仕方がない。
「やっぱりELLEGARDENは最高だよ、もうなんか泣きそうだもん」
「だから伝説のって言ったじゃないですか」
「またライブやんないのかな」
「復活したらぜひ行きましょう! 」
キャピキャピとしながら、ヤマテは手を休めない。ちょうどテイクアウトのオーダーが入っていたのだ。彼女の仕事をしながらコミュニケーションも事欠かない人柄は好感が持てる。
「そう言えばエックスさん、この前紹介した男の子どうでした? 」
揚げているエビフライの様子を見ながら、片手で鍋を扱えるのが器用で羨ましい。僕が真似をしたら火傷をするか、焦がしてしまうかのどちらかだろう。アルバイト勤続5年、そんなことも出来ない僕が、バイトリーダーとは笑わせる。
 バックヤードでシフト表のチェックをしながら、そう言えば……と思い出す。
「良い子だったけど、正直に言うとあんなにスペックの高い人が、このしがないフリーターに振り向いてくれるかは謎だな」
「相変わらず狩ること前提なんですね」
「向こうからの好意は気持ち悪いだけだよ」
「でも悪い気はしない」
意地悪く微笑んで来るのに対して「そちらこそぉ」とやり返す。僕が知っているなかでヤマテには彼氏というものが居たことがないはずだ。大人の関係と言えば都合もよいが、大体はワンナイトで終わっている。
「そういえば今日はロマンさんが来るらしいですよ~、町内会の会議でお弁当必要だって。予約していきましたぁ」
「はいよ、じゃぁさっさと取り掛かりますかね」

 

 ヤマテとの出会いっていつだっただろうか。
 僕がこのアルバイトを始めて1年ぐらい経ったころにひょろっと入ってきて、あっという間にまわりに馴染んでいた気がするから、4年しか一緒にいないなんてとてもじゃないけど信じられない。でもそれぐらいの速度で、ヤマテは陽気さをこの職場に感染させていっていたから、もともと初めから一緒に居たのかもと錯覚するぐらいだ。
 よく話すようになったのは音楽という共通の趣味があったからだった。
 僕は食べれるものはすべて食べる、暴飲暴食系で、店舗でELLEGARDENが流れた事をきっかけに彼女と音楽の話で盛り上がったのだ。というより、ヤマテの方が圧倒的に音楽の聴く幅が広く、常に詮索をしては新作を聞き出していたのは、僕の底が浅い部分である。それらひとつひとつに嫌な顔をせずに全部答えてくれたのは、彼女の音楽を愛する心所以だろう。
「ねぇ、なんでヤマテはそんなに音楽の事に詳しいの」
「聞きたいですか? 」
へっへと笑いながらヤマテは、もともとはバンドを組んでいたことを教えてくれた。
「高校時代の友達とやってたんですけど、毎月集まって曲考えたり練習しようって話になったのに、1年足らずで思うように集まらなくなって空中分解。無様なものですよ」
照れくさそうに、そうして爽やかに言ってのけるが、そんな無責任な話があってたまるかと、他人事ながらに僕はチリチリと下火程度の怒りをくすぶらせる。
「そっか、でもいいな。私もベース持ってるんだけど、弾けないの。おさがりなんだけど、バンドやる! って気概も持てなくて、隅でうずくまってるよ」
「本気でバンドやるっていうと、周りからの圧も凄いですからね」
「本当にそれよ。安易に言えない」
僕は部屋の隅で泣いているベースの事を思った。
 貰ったその日にちょっと触っただけで、それ以来全く使っていない。今日もきっとケースの中でコッソリ日の目を待っているんだろうなぁ。切ない気持ちが勝るが、僕にはどうすることも出来ない。
『悪い事は言わないからやめておけ』
苦々しく父親の言葉がリフレインする。大体において、僕が何かを始めようと思うとストップをかけるのは父親であり、ごくたまに思い出したように母親が加わる。そういう時、タイヤでカエルがひき殺された時みたいな、チープな断末魔が心をえぐるけれど、反論ができない。家での親というものは絶対権力者だから。
「私にはバンドをやるって言葉に出来ないわ。笑われたり反対されたり、その暴風のなかで立っていられる自信がない」
「エックスさん、それはあるよ。あるけど……」
と言ってヤマテは笑顔でニヤついている。
「だったら私とバンドしようじゃないか」
「はい?」
「ま、冗談ですけど」
などと、本気になったときにはぜひーと付け加え、彼女があかんべぇをしてきたので、今度ヤマテが持つギターの調弦を、めちゃくちゃにしてそっと戻しておこうと思った。

 

11時50分きっかりにロマンさんが店へ来た。お弁当20個。ヤマテとパートのフクコさんと一緒に、昼のピーク時間に向けて手を休める暇もないほど店舗は戦場と化していたが、なんとか作りきった。
「こんにちはぁ。お弁当出来ているかしら」
ゆったりとした空気で、しかしそれとは反対に芯の強そうな目でロマンさんが厨房を覗く。
 レジとの仕切りになっているスペースに、幕の内弁当がしっかりと積み上げられている。ここの弁当屋の1番の人気はのり弁当だが、一応のお体裁というのもあって、町内会の会議では毎回幕の内弁当が注文されるらしい。小骨の多い鮭、冷凍の卵焼き、味気のないきんぴらごぼう、保温されていた白米。僕は幕の内弁当が好きじゃない。そのどれもが自分というキャラクターがあるのに、他者を圧倒するわけでもなく、はじめからここにありますよと言う自然さで、あるべき場所に鎮座している。それなのに幕の内弁当という箱があるから、どれも大したことが無いのに集団で群れて強烈なオーラを放っている。もしかしたら僕は幕の内弁当という「どこへ行くにもお体裁よく役割を与えられている」ものに苦手意識を感じているのかもしれない。
「ロマンさんお久しぶりです。お弁当できてますよ」
手際よく、なるべくもたつかないように大嫌いな幕の内弁当を5個づつ袋につめていく。ロマンさんの後ろでは何人かがレジで注文したものを待っていた。ここでゆっくりとするわけにはいかない。
「ここのお店は本当にいつ来ても忙しそうで大変ねぇ」
「あはは、おかげさまで」
「そういえば次のお茶会の話なんだけれど……」
やっぱりと思いながら適当に流す。ロマンさんはお茶会が好きで、良くヤマテと3人で集まっては近状報告をしたり、愚痴を言い合ったりするけれど、彼女が結婚してからは潔いくらいに、結婚を急かしてくる近所のお姉さんの様な感じになってしまっていた。なので最近は気が重いし、なんなら今はお昼時なので、ゆっくり話している時間は無い。
「お会計は11000円ですね。また後でお茶会については連絡しますよ」
「そう、じゃぁ楽しみにしているわね」
会計が終わり、弁当も渡した。待っていたお客さんから怒鳴り声が聞こえるので、クレーム処理から午後は始めなければならなそうだ。仕方なく厨房をヤマテとフクコさんに任せて、レジへ立つ。お茶会どうしようかなぁ。とりあえずヤマテに相談しなければ。

 

いつからだっただろう、自分に性別がない事に気づいたのは。
 幼いころから、女の子だから将来は結婚をしたくなるものなのよ、とふざけて話す母親の姿が印象的で、それを聞くたびに、女である人はみんな、結婚をしたがるものなのだという価値観を知った。まわりの友達も、将来はお嫁さんになりたいと言っていた。
 でも僕は当時流行っていたドラマで、格好よく働く女性を見ながら、幼子心にキャリアウーマンになりたかった。スーツに身を包み、男性と遜色なくキリリと働く姿は、僕にとっての正義の味方だ。そうしてもうひとつ。テレビを付けているときに見た、宝塚歌劇団の男役は、本当の男性よりも何十倍も格好良かった。羽やらベルベットやらの甘美な衣装を備え、高らかに舞う姿は宝石のようである。それらの影響という訳ではないが、スカートを履きたくなくて、普段着はジーンズしか持ち合わせていない。
 気が付けば制服というものを着る歳になり、ブラジャーを付ける事にもなり、なんなら初潮も訪れた。その全てに言われようのない嫌悪感を覚える。たとえば母猫が子犬に乳をあげているような、自然な不自然さと似ている。
 僕は私ではない、この体は誰のものなのだと自意識が問いかける。戸籍には「女」か「男」しか欄がない。しかし僕は僕であって、少なくとも女ではなかった。でもだからと言って男でもなかった。どちらに身を置いても不自然に歪であべこべで、決して馴染まない。大きく膨らんでいく女というものや、毎月身を削るような鮮血が流れたとて、それは僕が僕である証明にはならない。どこか他人事だった。
 だからとて、周りの反応はいつもと同じ。女の子なのだからおしとやかで居なさい。男性を立てなさい。美しい言葉遣いをしなさい。常にポジティブで居なさい、女の武器は笑顔と愛嬌よ。1歩引いたところからついていくの。と女性らしいふるまいを興じさせられた。それらはすべて女としてうまく生きていくための、先人の知恵であったのだが、クソだな、と思いながら僕はずっとニコニコしていた。

 

 仕事が終わり、店長と学生バイトの男の子に店を引き継いでから、ヤマテと帰路につく。今日の夕飯ように買った社割のお惣菜を抱えながら、隣のたい焼き屋で2人分買い、かじりながらのんびりと商店街を抜けていく。
「ロマンさんがお茶会するって、どうする?」
スン……と気持ちがギリギリのところで止まったが、なんだかんだと3人は4年ほどの付き合いになる。結婚する前のロマンさんは、とてもクリエイティブで、パワフルな女性だった。その潔い当時を知っているからか、僕もヤマテもなんだかな、という気持ちになってしまう。個展を開いてしまえるほど絵画の実力があり、客入りも良かった。地元でもまだ無名だったころに、ギャラリーを覗いた僕が、その作風に衝撃を受け、どの個展にも通い詰めた。その後たまたまアルバイト先で出会い、文字通りお茶会をしたのが始まり。ヤマテとは仲良くなった時にギャラリーへ連れていき、その時から懇意にしている。
「ロマンさんも随分と変わったよね、前はもっと勢いがあって格好良かったのに、いつのまにか落ち着いてしまわれて」
「そうですよねぇ、友達付き合い減ったって言ってましたし」
「しゃぁないかぁ」
これから夜が始まる。長い長い夜だ。今日は幕の内弁当が出たことと晴れた天候であったこと以外に何も文句はない良い1日だった。たい焼きはホクホクだし、目当ての煮物も買えたし、苦手な社員ともシフトがかぶらなかったから、女でも男でもなく、ただひとりの僕としての安寧を得られた。ショートカットにした髪の毛を指先でもてあそびながら、ヤマテと談笑する。そんな1日が素晴らしいと思う。

 土曜日のお昼時、商店街のはずれにあるカフェのテラス席で、ケーキやパフェをつつきながらロマンさんは滔々と語っていた。
「やっぱり結婚はしたほうがいいわ。2人とも頑張ろうよ。なにより好きな人と一緒に居られるというのは、何物にも代えがたい物よ。間違いないわ」
結局女は結婚なのだと、小学生と同じことを、30代を目前にして言うものなのかと頭を抱えたいが、結婚と言うものは確実に何かを変えてしまう事らしい。
「でも私は結婚する気持ち無いんですよね。プッチンもあんなだし」
「結局まだプッチンさんと別れてないんですね……」
やれやれと言った様子でヤマテが紅茶をすする。やっぱりもうひとりぐらい紹介しときましょうか?と付け加えてくれたけれど、彼氏であるプッチンの前ですら、女を興じ続けることに、違和感を感じ得ている今。新しく誰かを狩ったところで、同じ苦しい気持ちを共有するだけだ。
「えーでも今どき逆プロポーズもはやっているじゃない。それよ、それがいいわ」
何度目かの頑張ろうよを聞きながら、何を頑張れば良いのだろうと思う。お互いに結婚をする意志がないのに、ゴールもスタートも初めから無いのは明白だ。
 少々の沈黙が訪れたけれど、僕は無心でパフェの苺をつつき続けた。底の方にある苺はスッと伸びたスプーンに目もくれずそっぽを向いている。拗ねているの?と思わず聞きたくなる。それは僕の方か、と思いながら大人げないなと、20代後半にもなって稚拙な自問自答が始まる。
「ヤマテちゃんはどうなの? 」
行き場を無くした口で紅茶を飲み干し、2杯目のコーヒーに手を付けているヤマテはハッキリとしたいつもの体であっさりと言ってのけた。
「私さ、誰に対しても恋愛感情持ったこと無いんですよね」
そうしてコーヒーまでも飲み干した。コーヒーのいっき飲みとは、なかなか見れるものではない。澄みきった春の、何物にも染まらない風が吹く。それはテラス席のメニューを飛ばしていった。
「なんかね、なんだろう。恋って言うほどの情動が無いんですよ。愛しいとか、可愛いとか、格好いいとか、普通に思ったりはするんです。でも、決して熱いものが湧き上がってこない。恋慕と思慕くらいの差はありますね」
でも別に気にしてないんですよ、と初めからそうであったと語った。先ほど飲み干した紅茶もコーヒーも、そして男性も、女性も、彼女にとっては同じ熱量であるらしい。
「じゃぁ、たまに引っかけてる男って、特に興味ないんだ」
「無いですねー全く持って。見た目が好みってくらいです」
「でもそれって恋なんじゃないの?」
独身時代のように、ハリのある声で抗議したロマンさんにとっては、性欲と恋愛感情はイコールで結ばれているようだ。
 どのくらいの熱量で相手を好きになり、愛されれば恋と言えるのだろう。ヤマテの言っていた恋慕と思慕くらい違うというのは、とてもわかりやすい。きっと彼女は、慕っている、好ましいとは思っているけど、特定の人物に強く惹かれてはいない。そう考えると自分がプッチンに対して感じている感情は、恋慕と思慕どちらに振り分けられるのだろうと、ふと思ってしまった。悲しそうな眼でロマンさんがこちらを見ている。
「だって……恋を知らなきゃ、恋じゃないこともわからないじゃない」
2度目の沈黙。しかし何かに気づくように「確かにですね」と2人して思わず声を合わせて頷いた。恋慕も思慕もその気持ちを知らなければ、そうじゃないとわからない。
「じゃぁ私、実はどこかで恋してたりしてぇ」
どこかふざけた様にヤマテはコーヒーカップを裏返す。
 パフェの苺は大人しくスプーンのもとへ帰ってきた。
 ロマンさんのグラスには品の良い口紅がやわらかい模様を描いている。
 占いの結果は、上向きの三角形だった。

 

あれからしばらくして、仕事から帰った後にクレンジングオイルで化粧を落とすと、眉毛の薄い平坦な顔が鏡に映った。僕のするメイクはとても派手だ。女性を前面に出したメイクではなく、なりたい自分になるという気持ちでやっている。レッドとゴールドのアイシャドウ、きついアイライン、少なくともこれだけは譲れない。
 なにか、背後からナイフを突きつけられているときのように、冷静ではいられない切迫感があるのだが、仮にそのまま刺されても、背負い投げで弾き返せるような自信が欲しい。この人間に危害を加えようとしたら、返り討ちに会うぐらいの圧を、放っていなければならない理由がある。
 強い人間でありたい。ナメられない容姿でありたい。女というのは足かせだ。それでも刈り上げたショートカットの髪の毛とナベシャツ、ギラギラのメイクで装うようになってから、痴漢は減ったのだ。それだけでも上々である。
 世の中は、男か女かで二分されている。トランスジェンダーの人だって、男か女かどちらかをたがえてしまっただけだ。でもその中に入れないトランスジェンダーもいる。
 僕はエックスであり、エックス以外の何物でもない。Xジェンダーを自認する、ただの人間なのだ。だからこそ強く思うのは、誰かに、何かになりたいということ。
ーーーピピピ……ピピ……ピピピ……
「もしもーし」
「聞いてくださいよ、ELLEGARDEN復活したんです! エックスさん、私たち生きてていいんですよね? それとも逆に人間やめたほうが良いんですかね? 」
まぁ落ち着きなさいよという間も無く、ヤマテは興奮を抑えきれずにしゃべり続ける。
 好きなバンドが復活するという嬉しさは、ファンである人にとって、言葉で尽くしきれない気持ちになるのだろう。じわじわと日毎ヘッドフォンから麻薬を注入し、酔わせ、人生がいくら救えないものであっても、否定せずに寄り添ってくれる。時には突き放し、傷を負わせても、最後には心の中で鳴り響いている歌がある。
 wannabies……僕はなにになりたいんだろう。聞いてますー? と携帯の向こうから声がする。僕にできる事、空想で沢山の人になることも、いつだか止めてしまった。昔は色々なものになりたかったのに。僕は、何をしているのだろう。いつだか諦めてしまったことをほじくり返しながら。
「ねぇヤマテ、それライブのチケット取れんの? 」
「サーバー死んでますけどね」
お決まりの皮肉交じりな声で笑っている。どうしようもないから僕も笑うしかなかった。
「せっかくだしロマンさんも誘いませんか? 」
「おっ! いいじゃん! そういえばライブに行ったこと無いって言っていたもんね」
「そう考えると、私たちってエルレっていう共通点あるのに、気が付けば恋愛結婚ばっかり。なんかこの前気づいたんですよ。恋を知らなければ、恋じゃないことも分からないって言われて、じゃぁ何に恋してたんだろうと考えたんです。そうしたらね、私が恋してるのってエルレかもしれないって思って」
「また唐突な」
「やっぱり音楽に関して言えば、恋人なんかより自慰がはかどる」
「それは衝撃だわ」
どちらとも笑うことを止めない。本当は僕らもロマンさんとそうやって笑い合いたいのかもしれない。ヤマテに恋を教えてくれた悪い男共と、その男共に夢を見させてもらっている僕らと、まだ何物にも染まっていないロマンさん。3人で過ごす時間は少し歪で、どこかで過ちを犯したらすべてが台無しになるような緊張感と比例した圧倒的な信頼で結ばれている。
 きっと僕はこの先のライブで自分というものの答えを導き出せるような気がしていた。

 

to be continued......